【AFTER 25ツアーレポート】ベルリナーたちと過ごす一日。クリエイティブに対する真摯な姿勢と、その街のクリエイティビティを守る気概について、濃厚な学びとパーティーな1日

2014.03.07 Fri TEXT:Nishikido CATEGORY:report

3月1日(土)にドイツ文化センターにて行われた「AFTER 25 カンファレンス」及び、同日UNITで開催されたクラブイベントに際して、BANANAではカンファレンススピーカー含む参加者と交流しながら遊ぶツアーを実施した。

まずはカンファレンスの内容について、簡単にレポートしたい。

当日はドイツ大使館駐在大使による挨拶で幕を開け、ベルリン観光局の戦略担当者のスピーチから始まった。

ベルリンのクラブコミッションのCo-Founderである、MARC WOHLRABE氏によるクラブコミッションの活動についてのキーノートが行われた。

クラブコミッションの活動期間は17年間にも渡り続けている。彼らのミッションはアーティストを中心とした音楽シーンの経済圏を守り、クリエイティブなクラブシーンを守り続けることであり、そのために行政に対して働きかけを行っている。 これはあらゆる法律や行政判断が行われる前に、その政治に「クラブ側」を代表して意思表示をし、そのことでアーティストを中心としたクリエイティブなシーンを守り、新たな創造を生むためである。

そうして数名でスタートしたこの団体は現在では100名を越える団体になっており、ベルリン中にあるクラブの約1/3が加盟している団体になった。もちろんここでいう「クラブ」とは「男性が女性に出会うために(音楽を無視して)遊びにくるような場所」を指してはいない。このような「クラブ」はコミッションには加盟出来ないとのことである。

このクラブシーン経済の周りに、レストランやホテル、そして音楽シーン全体、ファッション、アートのシーンなど様々な影響を与えているということ。その全ての起源が「アーティスト」にある。だから、その「アーティストの活動の場」をきちんと戦って守っていかなければならないというスタンスに本当に、街に対するそして、クラブシーンに対するリスペクトが強烈にあり、まず出だしからものすごくしびれた。

その次に、SoundCloudをはじめベルリンの主要テックスタートアップには「ほぼ」投資をしているシード投資家のCHRISTOPHE MAIRE氏と、WILLIAM H. SAITO氏によるセッションが行われた。ここではEU、US、そして日本におけるスタートアップに対する姿勢についての話があり、とにかく(それが何の領域であれ)取り組む重要性について話された。

その後は、Juval氏とMario氏によるHolzMarkt Projektのプレゼンテーションが実施された。 Juval氏はベルリン・シュプレー川沿いにあった伝説のスペースBAR 25の仕掛人であり、今回お会い出来るのを個人的に一番楽しみにしていた。 彼らは、土壌汚染の問題により、一度BAR25のあった場所を行政に追い出された。 そうして、行政はそこに近代的な高層ビルを建てる不動産プロジェクトを進めていた。それはEU経済をリードするドイツ、そしてその首都ベルリンにおいて、街のど真ん中に位置する、その場所の価値を最大化するためだったそうだ。

そしてその計画はほぼ80%決定しかけていた。

だけどもJuval氏、そしてMario氏は諦めなかった。 BAR25を愛するベルリナーの声を集め、行政に働きかけ続けた。だがほぼ不動産計画は消えることは無かったが、彼らは諦めなかった。ベルリンの中心地が、どのような文化的意味、そしてそこで生み出されるもの(=無形の資産)こそがベルリンのカラーであり、価値であることを強く訴え続けたのだ。 そんな活動が実を実り、その土地はもっとも高い金額を出したところへの入札に戻すところまでこぎ着け、 その後なんとスイスの年金ファンドから資金調達をし、その土地の入札に成功し、自分たちの手に戻したのだ。

スイスの年金ファンドのような(いわゆる)とてもお固いところから、資金調達が意味することはとても面白い。一見するととてもクレイジーな計画に対して、それが本当になにをもたらすのかを判断し、理解を示し支持したのだ。 (また、1人(1社)につき1つしか約束しない。金額が多いからと、多くのことを約束しないという彼らの資金提供者に対する契約内容も興味深かった)

ヨーロッパの本当の合理性を感じた。

※ちなみにBAR25はこちら。

その次は、『The Lost and Sound: Berlin, Techno and the Easyjetset 』の著者Tobias Rapp氏にキーノートセッションであり、ベルリンがどのように文化的重要な軸となっていったのか、なぜスタートアップ的マインドをもった人が溢れているのか。について語られた。

やはり、壁の崩壊である。所有者不明の土地及び建物の存在である。

一度リセットされた街から生まれるものを大切にする姿勢、そして、それを既得権益化せず、その「生み出す文化」そのものを賞賛し、大切にする社会のムードによって、またクラブコミッションのような活動、BAR25のような場所の存在によって今のベルリンが出来上がり、今もこうしてなお、世界中からクリエイティブなパワーを惹きつける街であり続けている。

その後セッションはつづき、最後はこのカンファレンス及び、パーティーのオーガナイザーである MORETRAX、及びEyeEmのセッションとなった。

彼らはベルリンのスタートアップであり、本当に1週間を通じてよく一緒に遊んでくれた。 MORETRAXは現在、テスト段階ではあるが、EyeEmについては1,000万DLを越える超人気カメラアプリであり、EUではInstagramの人気を越えようとしている。是非皆さん使って欲しい。 http://eyeem.com/

さて、カンファレンスのレセプションも終わり、いよいよパーティーへ出掛けることになった。 その前に飯である。で、その前にベルリナーと巡る、プチ東京ナイトサファリを実施した。

東京タワーを通り、六本木の街中を抜け、ギラギラした東京を案内。中は軽い居酒屋状態であった。

そうして、まずは交流パーティー会場である、原宿のLapazに到着し軽いディナーを取りながら、酒を飲みながら、各所で色んな人同士が交流を持った。こういう距離を超えて、何かをやっている人同士が、つながっていくのはBANANAをやってみて、すごく良かったと思える瞬間である。

そうして、いい具合に時間が近づき、我々一行はそのままUNITへ向かった。

もちろんバスでである。

着いてみると、その日のカンファレンスで、「日本のクラブで並ぶことはほとんどない」という話題が出ていたが、思いっきり並んでいた。w

中に入ってみると、3フロア全てがパンパンであり、ものすごい賑わいを見せていた。 音楽レポートについては割愛させて頂くが、出だしから素晴らしかった。

なんというか、お客さんが本気で音を「受け止めている」あるいは「向き合っている」感じのテンション。 すごくいいムードだった。

GUENTER SCHICKERTのアヴァンギャルドなノイズで空間が一気に、出来上がっていき、BURNT FRIEDMANのライブは本当にあらゆる音楽を消化した電子音楽で、ぎゅうぎゅうのフロアをゆったりと揺らしていて、完全にその空気をつくっていっていたのだった。

そして、ROBERT HENKE aka MONOLAKEによるLUMIÈRE

この地点でフロアは完全に満員電車状態。もはや移動も困難なレベルにまで達していた。 とはいえ、そのフロアから誰も逃さず、むしろライブ開始後さらに人を全面に移動させる圧巻のライブは素晴らしかった。素晴らしかったというと陳腐すぎるが、レーザーによるビジュアル(光強かったですね)と、そのビジュアルによってコントロールされているビートとノイズは、ここ最近の電子音楽の最大公約数的なものでありつつも、完全に踊らせる強度をもった完璧なライブだった。博士さすがです。

そうこうして、今回の企画も自由解散のまま、終わりいい具合に終わった。 ふらりと集合できて、それぞれのペースで遊べる。またあらゆる人々が音楽の名の下に集う。

BANANAはその真ん中にあり、また誰かに何らかの刺激となってくれていたら幸いである。

HUMAN

  • She wants a man, not just a boy

  • Like rain and sun, like cold and heat